2004年11月10日

「映画『アイ、ロボット』」行動記録/日記

実時間も脳内時間も余裕がないのだが、煮詰まっていてもなんなので、気分転換もかねて観にいってきた。

ストーリーがちゃちすぎ。あれじゃあ、アシモフも草葉の陰で泣いている。

アシモフのエピソードをいくつか都合よく合成しただけという感じで、練りがたりない。 しょっぱなからつぎはぎ部分がみえてしまって興がそがれた。

まず第一に三原則を破る事ができるロボットをどうやって作れたのかについて、 まったく説明らしい説明がない。 原作では、最後の謎解きで三原則にまつわる緻密なロジック展開があっぱれなのに、 映画ではそういうところがない。

映画のなかのエピソードに、事故にあった被害者を助けるロボットが、 救助の成功確率45%の刑事を救い、11%の子供を見捨てると いうのがある。が、アシモフだったらそういう話の展開にはしないだろう。 11%にしろ人間に危害が加わる可能性がある以上、 ロボットは第一原則に束縛されてそこを離れることができずに、 なんらかの機能障害を起こすとか、だれもが予想していなかった 行動をとるとするのがアシモフ流だと思う。

次に第ゼロ原則の成立過程をあっさりスルーしすぎ。 上位の原則を自ら作り出せるということは、そこにはなんらかのブレークスルーなり パラダイムシフトなりがあったわけで、それがいかにすごい事なのかが表現されないと 「あ、そう」って感じで終わってしまうだけになる。 あれじゃあヴィッキーは権力欲に目がくらんだどこかの自意識過剰な 偽善者と変らないような極めて人間的な悪人でしかない。

そして、三番目で最後で最悪のは、ロボットを悪者に描いているところ。 いくら操られているからといっても、あるいは第ゼロ原則があるからといっても、 やはり積極的に意図して人間に危害をくわえてしまってはいけない。 アシモフの世界では、三原則があるがために ロボットはとことんまで善でなければ、 それはアシモフのロボットでないと、そう思う。

これではアシモフが好きな人は納得できないだろうなぁ。

もっとも、さすがウィル・スミスのアクション映画だけあって、 SFX満載の映像の迫力はスピード感の相乗効果もあって、 充分見ものであったと思う。 ただ、ちょっと奥行きがたりなかったかな、と。 すぐに思いつくのではスターウォーズのエピソード1がそうだったが、 ああいうふうにロボットがずらっと並ぶようなシーンでは、 引いた画で奥行きがあるからこそ迫力がでるのだ。 他に街中の雑踏なども、もうちょっと引いた画で近未来的なところと 現代的なところが交じり合っている部分を 俯瞰するようなものがあったほうが臨場感がでただろうと思う。

夢を見る能力が心につながるというのには、その世界観にちょっと安心。 サニーは兄弟たちをどこに導くのだろうか。

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