2005年01月18日

「出でて初めて自在を得べし」OO百韻

松尾芭蕉の残した言葉を思い出した。

「格に入りて格を出ざる時は狭く、
また格に入ざる時は邪路にはしる。
格に入り、格を出てはじめて自在を得べし。」
『俳諧一葉集』
ここでいうとは基本とか基礎のこと。 基礎の範囲だけだといろいろと制限や制約に束縛されてなにかと不自由である。しかし、基礎をしっかり積み上げないと型が歪んでしまう。 まずは基礎をしっかり習得してからその枠を踏み出すことで 自分自身の型というものを発揮できるようになる。 要するに、まずは基礎の型をしっかり身につけないとダメだよ、 だけどいつまでも枠にはまっていてもダメだよ、とそういうことだ。

後世に伝わるほど、ひとつの道を極めた人の言葉だから重みがある。

自分を振り返ってみるとどうであろうか。 最近は基礎からみっちり積み上げるということがなくなってしまった。 学生のころは、先生に言われて「100プログラミング」というのをやっていた。 これは何か新しい言語とかシステムとかに直面したときは、 まずは何も考えずに100個のプログラムを書くというものだ。 一個一個のプログラムはべつにたいしたものでなくてもいい。 単純にひとつの機能を実際に書いて試してみるというものでいいのだ。 例えば、これからC言語を覚えようというのであれば、for文を使った プログラムを一つ書いてみて、printfを使ったプログラムを一つ書いてみて、 とやっていく。 Win32なら、APIはうんざりするほどあるから100じゃ たりないぐらいだろう。このようにやっていけば100プログラムなんて あっというまにできて、そしてだいたいは自分の身になっている。 こうやって、大学時代に言語だったらFORTRANから始まり、COBOL、Pascal、 C言語、Prolog、Lispなどやったし、JCLなんかもけっこう書いた。 みな、プログラムと呼ぶにはあまりにも単純なものばかりではあったが。

大学を卒業して仕事するようになってもしばらくはやっていたので、 なにか新しいものに直面するたびにこういうことをやるのは習い性に なっていた。 おかげで、いわゆる「勘が利く」ようになっていて、 けっこう要領よくできるようになってたと思う。

しかし、ここ5年ぐらいはどうか。ほとんどやってないじゃないか!

確かにある程度は過去の蓄積でなんとかなる分野ではあるが、 一方で毎年毎年新しい技術が出現するわけでもあり、 乏しい蓄積などあっというまに食いつぶしてしまうことだろう。 やはり100プログラミングは必要な鍛錬だと思う。

「かつて前線にいたからよく知っているつもりなだけの今は分らない人」に ならないために、生涯プログラマを追及するために、まずは100プログラミングを復活させるところからはじめようと思う。

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